
中小企業(資本金1億円以下)において、「取締役」と「執行役員」は経営に携わる重要な役割ですが、会社法上の位置づけや権限・責任には大きな違いがあります。以下では、両者の違いを主要な7つの観点で比較し、まとめました。
Contents
取締役と執行役員の比較表
観点 | 取締役 | 執行役員 |
---|---|---|
任命方法・任命機関 | 株主総会の決議で選任(会社法329条) 取締役会設置会社では株主総会後に取締役会で代表取締役を選定。 |
社内で任意に選任(株主総会不要) 取締役会設置会社では取締役会決議で「重要な使用人」として選任(会社法362条4項3号) 取締役会非設置会社では取締役の過半数決議で選任
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登記上の手続き | 就任・退任時に法務局で役員変更登記が必要
氏名や住所等が商業登記簿に記載される。
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商業登記の対象外(会社法上の役員ではないため登記不要)
役職任命しても法務局への届出は不要。
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税務上の報酬の取り扱い | 受け取る報酬は「役員報酬」として給与所得に区分。従業員給与と同様に源泉徴収と年末調整の対象
法人税法上、定期同額給与等の要件を満たせば損金算入可。
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従業員としての給与所得扱い
源泉徴収・年末調整も通常の給与と同様に処理。法人税法上は基本的に損金算入可能(※経営に実質関与し「みなし役員」と判断されない限り)
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会社との雇用契約 | 会社とは委任契約の関係(=法人の機関)。労働者ではないため雇用契約は結ばず
就業規則や労基法の適用対象外。
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会社と雇用契約を結ぶ従業員
法的には「重要な使用人」であり労働基準法が適用
就業規則の適用対象で、定年制も適用されるケースが多い
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責任の範囲 | 会社経営に対する法的責任が重い。善管注意義務・忠実義務を負い、経営監督を怠れば損害賠償責任を問われうる
株主代表訴訟の対象にもなり得る。
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担当業務の執行責任を負うが、会社法上の役員ではないため取締役ほど重い賠償責任は負わない
職務上のミスは社内規律や労働契約上の責任で問われる(懲戒・解雇など)。
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権限の範囲 | 会社の経営に関する意思決定権を持つ
取締役会設置会社では取締役会の一員として重要事項を決議し、代表取締役は会社を代表する権限を持つ。取締役会非設置会社でも複数取締役の過半数で業務方針を決定
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業務執行上の権限のみを持つ
取締役(会)が決定した経営方針に従い、自身の担当範囲で日常業務を遂行
会社経営や重要事項に対する意思決定権限は持たず、対外的な代表権も原則なし。
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組織構造における位置づけ | (取締役会設置会社の場合)取締役会を構成し、「経営」の最高意思決定機関かつ業務執行の監督機関となる
取締役会非設置会社では取締役が直接業務執行も行う。
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取締役会の下で会社の「執行部」として位置づけられる。 経営と執行の分離の観点から設置される内部制度で、執行役員同士で「経営会議(執行役員会)」等を組織し現場の統括を行う場合もある(法定機関ではなく社内任意の会議体)。取締役会が策定・監督した方針のもとで実務を統括する立場。 |
(注記)上記は原則的な違いをまとめたものです。実際の運用や適用には会社の規模・定款や社内規程による違いがあります。
以下では、上記比較項目ごとに取締役と執行役員の違いを詳細に説明します。
1. 任命方法・任命機関の違い
取締役:
株式会社において取締役は株主総会の決議によって選任されます(会社法329条1項)
中小企業でも例外ではなく、経営を担う重要な役職であるため、従業員の雇用とは異なり株主による選任手続きが必要です
取締役会を設置している会社では、選任された取締役の中から取締役会で代表取締役を選定する流れになります。また、取締役の選任・解任には原則として普通決議(出席株主の過半数賛成)が用いられます。
執行役員: 執行役員は会社法上で定められた役職ではないため、株主総会での選任は不要です
各社の裁量で任命でき、例えば取締役会非設置会社では代表取締役など経営陣の判断で社内人事として任命できます。取締役会を設置している場合、その任命・解任は会社法362条4項3号に定める「支配人その他の重要な使用人の選任及び解任」に該当するため、取締役会決議によって行われます
取締役会非設置会社(取締役会を置かない小規模会社)では、取締役の過半数の決議によって選任する必要があります
いずれの場合も、執行役員の任命権者は株主ではなく経営陣であり、人事権の範囲で柔軟に決定できる点が取締役との大きな違いです。
2. 登記上の手続きの違い
取締役: 取締役の就任・退任や役職変更があった場合、法務局での商業登記(役員変更登記)の申請が必要です
取締役は会社法上の「役員」であり、氏名や住所、生年月日などが登記簿に記載されます。中小企業の場合も、新任取締役の就任や辞任・解任、任期満了による退任などすべての役員変更事項について2週間以内(本店所在地の場合)の登記申請義務があります(会社法915条、913条等)。適正に登記を行わないと過料等のペナルティの可能性があります。
執行役員: 執行役員は会社法上の役員ではないため、就任・退任に際して商業登記を行う必要はありません
例えば「営業本部長 執行役員」「執行役員CEO」などの役職に任命しても、それは社内の役職付与に留まり、法務局への登記申請や公的登録手続きは不要です
これは執行役員が「部長」「課長」等と同様に社内的な肩書であり、商業登記簿に載る法定機関ではないためです。したがって、執行役員の選任・変更は社内の人事記録上の手続きに留まり、登記コストや手間がかからない点も中小企業で導入しやすい理由の一つです。
3. 税務上の報酬取り扱いの違い
取締役: 取締役が受け取る報酬は「役員報酬」と呼ばれ、税法上は給与所得として扱われます
毎月の役員報酬支給時には従業員の給与と同様に所得税の源泉徴収が必要であり、年末には会社がその年の収入に基づいて年末調整を行います
そのため、年間の役員報酬が2,000万円以下で他に大きな所得がなければ、取締役本人が確定申告を行う必要は通常ありません
ただし、役員報酬については法人税法上、定期同額給与や事前確定届出給与**など一定のルールに則ったものでないと損金(経費)に算入できない制約があります。中小企業では、毎月定額の役員報酬を支給する形でこれらの要件を満たし、会社の経費として処理するケースが一般的です。
執行役員: 執行役員の報酬は、法的には従業員として支払われる給与であり、税務上も通常の給与所得として扱われます
従って、源泉徴収および年末調整の取り扱いは一般社員と同様です。会社から支払われる給与は全額が経費(損金)となり、役員報酬のような定期同額要件等の制約も基本的にはありません。ただし、税法上「みなし役員」という概念があり、非上場企業であっても取締役と同等に経営に関与している執行役員は税務上「役員」と見なされる場合があります
例えば執行役員が取締役会に出席し実質的に経営判断に参加している場合などが該当し得ます。その場合、その執行役員に対する給与も役員給与とみなされ、法人税法上の損金算入ルール(定期同額給与の原則など)が適用される点に注意が必要です(※一般的な中小企業の執行役員であれば該当しないケースが多いです)。
4. 会社との雇用関係の違い
取締役: 取締役は会社との関係において「委任契約」に基づき職務を行う立場です。会社の機関として経営を委ねられているため、労働基準法上の「労働者」には該当しません
このため雇用契約は結ばず、就業規則や労働基準法の適用もありません
例えば、残業代や労働時間の規制、有給休暇の付与義務といった労働法上の保護規定は取締役には及ばず、自らの裁量で働くことになります。また、取締役には労働者としての身分がないため退職金も雇用契約上のものではなく、支給する場合は「役員退職慰労金」として株主総会決議事項になるなど、従業員とは異なる扱いになります。
執行役員: 執行役員は会社と雇用契約を結ぶ従業員という立場です
名称に「役員」と付いていますが会社法上は単なる従業員(重要な使用人)であり
その待遇には労働基準法が適用されます
したがって、勤務時間や休日・残業代支払い、有給休暇などについては一般の社員と同様に労基法・就業規則の適用を受けます。中小企業では執行役員にも就業規則が及び、勤怠管理や時間外労働の管理も必要になります。なお、執行役員は従業員であるため定年制度の対象にもなり得ます
例えば60歳定年であれば、執行役員であっても60歳に達した時点で雇用契約上は定年退職となるケースがあります(その後嘱託再雇用するかどうかは会社判断)。このように、執行役員は法律上はあくまで「使用人」であり、取締役とは異なり労務管理の枠内にある点が重要です。
5. 責任の範囲の違い
取締役:
取締役は会社経営に関して重い責任を負っています。会社法上、取締役には善管注意義務(会社に対し経営上必要な注意をもって職務を行う義務)および忠実義務(会社の利益のため忠実に職務を遂行する義務)が課されています。もし取締役がこれらの義務に反し、経営判断の誤りや職務懈怠によって会社に損害を与えた場合、会社に対する損害賠償責任を負う可能性があります
例えば重大なミスや不正行為で会社に損害を与えれば、会社から取締役に損害賠償請求がなされることもあります
さらに、取締役の責任追及は株主による株主代表訴訟の形でも行われ得ます。中小企業ではオーナー社長が取締役を兼ねている場合が多いですが、その場合でも法人と取締役(個人)は法律上別人格であり、万一会社債権者や株主(オーナー以外にいれば)から訴えられれば賠償責任を問われるリスクがあります。また、会社法上の責任とは別に、税務・社会保険等の分野でも悪質な違反があれば取締役個人が連帯して責任を問われるケースもあります。
執行役員:
執行役員は担当する業務執行に責任を負います。現場の責任者として、自ら所管する部署や職務について業績目標を達成し、取締役会の指示を実行する責務があります。ただし、法的な責任の重さという点では取締役に比べて軽いと言えます
会社法上の役員ではない執行役員には、先述した善管注意義務・忠実義務といった規定は直接適用されません。そのため、経営判断のミスにより会社に損害が生じても、直ちに会社法423条の損害賠償責任を問われる立場ではありません。とはいえ、執行役員も従業員として労働契約上の義務を負っており、職務上の不正や背信行為があれば解雇や社内処分の対象となります。極端な場合、会社に損害を与えたとして使用者である会社から損害賠償を求められる(民法上の債務不履行や不法行為責任を問われる)可能性もありますが、取締役に課されるような重い賠償責任が追及される例は稀です。総じて、取締役が会社に対し包括的な経営責任を負うのに対し、執行役員は自ら担当する業務の遂行責任を負うという違いがあります。
6. 権限の範囲の違い
取締役:
取締役は会社の経営方針や重要事項の意思決定権限を持つ立場です
取締役会を設置している会社では、その構成員として経営に関する重要な事項(事業計画の承認、重要な資産の処分・譲受、重要な組織変更など)の決定に参加します。取締役会非設置会社の場合でも、複数取締役がいるときは取締役の過半数で会社の業務に関する決定を行う権限があります
さらに、取締役の中から選定される代表取締役は会社の代表権を持ち、契約締結などの対外的な法律行為を単独で行う権限を与えられます(会社法349条)。要するに、取締役は経営に関する最終的な意思決定と対外代表権限を有するのが特徴です。
執行役員:
執行役員は業務執行上の権限のみを持ち、経営方針や重要事項そのものを決定する権限は持ちません
取締役会(または取締役)が決定した方針に基づき、自らの担当部門・職務について日々の業務執行を行うのが主な役割です
例えば「営業執行役員」であれば営業部門の統括責任者として営業戦略を実行に移し、「管理部門担当執行役員」であれば管理部門の日常業務を統括します。執行役員には会社経営に関する最終決裁権限はなく
あくまで上位機関(取締役会や代表取締役)から与えられた権限の範囲内で行動します。また、執行役員自体には会社の代表権はありません。社外との契約や法的行為は原則として代表取締役などの決裁・署名が必要で、執行役員は内部的に準備・実行を担うにとどまります。ただし実務上、取締役ではない執行役員に対し代表取締役が委任状や支配人登記(商法上の支配人)を活用して特定の契約締結権限を委譲するケースもあります。このような場合でも、最終的な法的責任は委譲した取締役に帰属します。要約すると、取締役が「何をするか」を決める人であるのに対し、執行役員は「決まったことをどう実行するか」を担う人と言えます。
7. 組織構造における位置づけの違い
取締役会と執行役員(会)の関係: 多くの中小企業では取締役会自体を設置していない場合もありますが、取締役が複数いる会社では取締役会は会社の最高意思決定機関として存在し、「経営」の中枢を担います
取締役会は会社の業務執行の方針を決め、取締役(執行役員を含む管理職層)の職務執行を監督します。一方、執行役員は取締役会の下位に位置する「執行」の責任者です。執行役員制度を導入する目的は「経営と執行の分離」にあり、取締役会が経営意思決定に専念できるよう、執行役員が現場の業務執行を担う体制を作ることにあります。
つまり組織構造上、取締役会=経営の意思決定・監督層、執行役員=業務執行層という役割分担が明確化されます。
執行役員は社内的には経営陣の一角を占めますが、先述の通り法定の機関ではありません。そのため企業によっては、執行役員全員や主要執行役員が集まって定期的に協議する場として「経営会議」や「執行役員会」などを設けることがあります。これはあくまで社内の意思疎通・調整の会議体であり、取締役会のような法的決議機関ではありません。しかし、こうした執行役員会では現場の具体的施策や各部門の状況共有が行われ、取締役会で決定した方針を実務レベルで落とし込む役割を果たします。最終的な権限は取締役会にありますが、日常の経営は執行役員会(経営会議)を通じて進められ、重要事項は取締役会に上申・報告されるという流れです。
中小企業では取締役会を置かず代表取締役が直接指揮を執るケースも多いですが、その場合でも執行役員がいれば代表取締役(取締役)→執行役員→部門の部長/社員といったヒエラルキーで組織運営が行われます。取締役(会)がトップマネジメント層、執行役員はミドルマネジメント層として位置づけられるイメージです。総じて、取締役と執行役員は組織の中で主従の関係にあり、取締役会が舵取り役、執行役員が舵取りに従って船を動かす推進役と言えるでしょう。
以上のように、資本金1億円以下の中小企業における「取締役」と「執行役員」は、法的な立場から日常業務に至るまで明確な違いがあります。取締役は会社法上の機関として株主から信任を受け経営意思決定と監督を担うのに対し、執行役員は社内の肩書であって経営方針に基づき実務を執行する立場です。その任命や登記手続き、報酬の扱い、労働法上の扱いにも違いが生じます。中小企業では組織規模に応じて執行役員制度を柔軟に活用し、経営効率の向上や人材登用に役立てることができます。一方で、取締役と執行役員の権限・責任の線引きを社内外に明確に示しておくことが重要であり、役職ごとの法律上の扱いを正しく理解して運用する必要があるでしょう。


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